ル・コルビュジェ 1887~1965

Charles-Edouard Jeanneret-Gris


1928年以降に開催されたCIAM(近代建築国際会議)では、ヴァルター・グロピウス、ミース・ファン・デル・ロ―エ、ジークフリード・ギーディオンらとともに参加し、中心メンバーとして活躍した。


CIAMは国際的な近代建築運動の拠点になった。


1931年竣工の『サヴォア邸』はル・コルビュジエの主張する「近代建築の五原則」を典型的に示し、代表作として知られる。


1936年にはルシオ・コスタの招聘を受け、ブラジルに滞在し、オスカー・ニーマイヤーと共に旧教育保健省庁舎の設計に携わった。


第二次世界大戦の際、ル・コルビュジエはドイツに協力的なヴィシー政権に与し、ピエール・ジャンヌレはフランスのレジスタンス運動に参加したため、2人は袂を分かつことになったが、戦後再び、チャンディーガルのプロジェクトで協働した。


第二次世界大戦後、かねてよりの主張の実践である「ドミノシステム」に基づく集合住宅『マルセイユのユニテ・ダビシオン』(L'unité d'habitation de Marseille)を建設。


また1951年からはインドの新興都市チャンディガールの顧問として都市計画および主要建築物(議会・裁判所・行政庁舎など)の設計に携わった。

また、「モデュロール(仏:Modulor)」の理論を提案し、建築の実践の場において機能性あるいは美学の達成への応用とした。


後期の代表作『ロンシャンの礼拝堂』はカニの甲羅を形どったとされる独特な形態で、シェル構造の採用など鉄筋コンクリートで可能になった自由な造形を示している。


『国立西洋美術館』の基本設計のために一度来日している。